卒業式や、歓送迎会シーズンがやってきました。 社会人の歓送迎会と言うと飲み会というイメージがありませんか? ですが、実は、私はお酒が全く飲めないのです。 少し飲んだだけで赤くなるし、頭が痛くなってしまいます。 実験で、エタノール(お酒と同じアルコール)を使う事がありますが 大量のサンプルを処理するときには、気化したエタノールで ぽ〜っとしてしまう程です。 一方で、世の中にはどれだけお酒を飲んでも平気な人も居ますよね。 なぜ、同じ人間なのに、こんなに“個人差”が出て来るのでしょうか? 不思議です… 今回は、この個人差に関係している遺伝子の一塩基の違いについて ご紹介します。

■たった1塩基の違いで…SNPsの持つ可能性
実は、最近の研究から『 お酒の強さ 』などの個人差が 遺伝子の中の、ほんの1塩基の違いから起こっていることが解ってきました。 1塩基の違いの事を専門的には『1塩基多型』もしくは 『SNP(single nucleotide polymorphism:スニップ)』と呼びます。 たいていは、1つだけではなく数種類の違いを扱うので複数形で 『SNPs(スニップス)』と呼ぶ事は以前ご紹介しました。 しかし、なぜこのような『たった1塩基の違い』に注目し 研究が行われているのでしょうか? たった1塩基だから、見つけるのも大変そうだし もっと大きな違いを探した方が 直接病気や大きな発見に結びつきそうだとは思いませんか?

じつは、SNPsという遺伝子レベルでの個体差と 体質や、薬の効き方、病気のかかりやすさを対応させて行く事で その人に合った、『オーダーメイド医療』が実現できるのではないか? と考えられているからなんです。

以前紹介した『耳あか』の例ではABCC11という遺伝子が注目されました。 ABCC11遺伝子は、細胞内に入ってきた薬剤を 細胞外へ排出する働きを持つタンパク質の設計図で、 抗がん剤耐性に関わっていると考えられています。

耳あかがしっとり型の人では、薬剤を排出する能力が高く、 逆に、かさかさ型の人では、薬剤を排出する能力が低い事が解っています。 この事から、耳あかのタイプを見分ける事で その人の薬剤排出能力に応じた薬や量を決定出来る可能性が出てきました。 他にも、あるSNPsでは、その有無がアルツハイマーの発症確立に関わり、 また、あるSNPsは、あるだけで基礎代謝量が増減し、 また、あるSNPsは、糖尿病になる確立に関わっていたり… すでに、多くの研究結果が出ています。

■新しいタイプのSNPs??

最近報告された研究結果によると SNPsには、これまでと違ったタイプの物も見つかっているようです。 これまでに研究されてきたSNPsは、1塩基の違いから その部分のアミノ酸が入れ替わることで、タンパク質が通常とは異なる働きを するようになり、個体差が生まれるという物でした。 お酒の強さに関わるALDH2遺伝子では、 塩基配列の一カ所がGAAからAAAに変わる事で 487番目のグルタミン酸がリジンに変わってしまい アルコールを分解する過程で生じる毒素を取り除く能力に差が現れます。 しかし、新しく報告されたタイプのSNPsでは、1塩基の違いはある物の アミノ酸には変化が起こらないのです! ただ、1塩基変わる事で、あまり使われない遺伝暗号に変化してしまうため アミノ酸を繋げて行く作業が一瞬戸惑ってしまいます。 その一瞬のスキに起こるタンパク質の構造の変化によって アミノ酸の並びは同じなのに、異なる機能を持つ事が示唆されています。 このように、SNPsの研究は日々進歩し、新しい知見が得られているのです! しかし、SNPsの数は一説によると1000万箇所以上あると言われ 全ての解析には、まだまだ時間がかかりそうです…

■オーダーメイド医療は実現するのか?

SNPsの研究が、オーダーメイド医療の鍵になると書きました でも、本当に実現するのでしょうか? 1000万カ所ものSNPsがあると聞くと、とても実現不可能な 夢物語のようにも思えてしまいます。 しかし、今、世界中の研究者がこの解明に取り組んでいます。 日本でも、文部科学省リーディングプロジェクトの一つとして 次世代燃料の開発や、再生医療、ナノテクノロジーの応用などと言った 最先端の研究と並んで『オーダーメイド医療実現化プロジェクト』が 取り組まれています。

このプロジェクトでは、平成15年度から19年度の5年間に 200億円もの予算を組み、30万人のDNAや血清試料を集め、 SNPと病気や、薬の効果、副作用などとの関係が調べられています。 実際に167,789名分の資料があつまっており対象となる疾患の延べ数は 238,985件に達しているようです(平成18年12月末現在)。 また、一方では、大阪市では大阪御堂筋ロータリークラブの医師らを中心に 健康な人々の血液を集める試みもなされており、 昨年の4月で1000名を超えたそうです。 こうして集められた『健康な人の遺伝子』と『何らかの疾患を持つ人の遺伝子』 を比べて行く事で効率よく、重要なSNPsを発見出来るようになります。 国や企業、研究者や医者と患者など多くの立場の人が協力していく事が オーダーメイド医療実現への近道なのです。

■SNPsの問題点

これだけのメリットがあると、SNPsは万能な気がしてきますよね! しかし、『SNPsだけが体の性質を決めている訳ではない事』 また、『これだけの可能性を秘めているからこその問題点』 についてもきちんと知っておく必要があります。 例えば、SNPsを解析した結果、遺伝的に生活習慣病になりやすい と判断された人でもそれ以降の生活習慣を改める事で、 発症率は大きく下がると言われています。 お酒や薬への抵抗力の例では、『体重』などの要因も大きく絡んできます。 小児科で出す薬の量は、体重から計算するのは有名な話しですよね。 遺伝子やSNPsが示してくれるのは、あくまで『可能性』なのです。

また、SNPsによって遺伝的な病気のかかりやすさや体質が解ってしまうため 社会保険や、生命保険、就職、結婚などあらゆる場面で 社会差別が生まれる可能性も考えられます。 こういった問題点もクリアしつつ、SNPsの持つ可能性を 最大限に生かすための法制度等も整えて行くことが、 今後大きなポイントになりそうです。

■私事ですが…

最後に、私の経験を紹介させていただきます。 私は、偏頭痛持ちなのでよく頭痛薬のお世話になっています。 ご存知の通り、頭痛薬には、いくつもの種類があります。 しかし、私の体にはそのうちの1つしか効かない事を経験的に突き止めました! この結論に至るまで、頭痛になっては効きもしない薬を飲んで 苦しむ日々もありました… ちなみに、母親も私と同じ薬しか効かないことが解っています。 ひょっとしたら、母親から遺伝してきたSNPが関わっているのでは?? なんて最近では思う様になりました。
もし、オーダーメイド医療が実現すれば、 自分に最適の薬を、最少量だけ取る事で、最大の効果が期待出来る訳です。 すばらしいですよね! 早く実現して欲しいものです。

参考サイト
文部科学省リーディングプロジェクト事前評価報告書   
オーダーメイド医療実現化プロジェクト
くらしとバイオプラザ
リバネスサイエンストピック
『君と僕の違いを生み出すもの』
あなたの耳あかは「しっとり」?「かさかさ」?
ハカセのDNA教室
   
参考文献
A "Silent" Polymorphism in the MDR1 Gene Changes Substrate Specificity


>記事提供:株式会社リバネス サイエンスライター